編集者はどうやって企画を立てるのか?
企画。
編集者にとっては、悩ましくも楽しい、この2文字。
なにかしらアイデアの芽を見つけたら、「企画書」という形に落とし込むまでがファーストステップだ。本稿では「アイデア」⇒「企画書」に至るまでの過程を分解してみる。
ネタを集める
『ネタ』
ねたとは「生活の糧」を意味する「飯の種」などに見られる『種(たね)』の倒置語(ハワイをワイハーというようなひっくり返していう言葉)で、古く江戸時代から的屋が商売の糧となる「商品」のことをねたと呼んだ。 ここから、各職業や商売において、店にとっての「商品」のように核(糧)となるものをねたと呼ぶ。
Webサイト「日本語俗語辞書」より
まずはこれだ。ネタ。
書籍に関わらず、あらゆる商品のスタート地点が「ネタ集め」だろう。書籍企画の場合、アイデアは至るところに転がっている。アイデアの拾いやすさ順にわけると実は次のふたつしかない。
①自分が知りたいこと
②他人が知りたいこと
①は簡単だ。自分がいま悩んでいること、著者にインタビューして根掘り葉掘り聞きたいことをテーマにすればいい。お金、人間関係、健康など、なにかしら誰もが悩みを抱えているから、それこそ企画のアイデアは無尽蔵である。
②は想像力が必要となる。「いま世の中のひとはなにに悩んでいて、何を知りたいのか?」を考える。こっちは「どこまでニーズがあるか?」を推しはかる必要があるため、想像力が必要となるが、これだけ変化の激しい時代だから、こちらもアイデアは無尽蔵といえる。
「ネタ集め」とはつまり・・・
尽きることのない「人間の欲望集め」ともいえるかもしれない。
ちなみに「①自分が知りたいこと」「②他人が知りたいこと」がちょうど合致すると、ヒットの確率は高まる。①と②が大きくずれていて、担当編集者にとっては超ホットなテーマでも、世の中的には無関心だと、編集者の独り善がりで終わり、セールスも残念な結果となってしまう。
図にしてみるとこんな感じだ。
ネタの集め方は、とにかく起きている間にアンテナにキャッチした「ワード」をただひたすらネタ帳にメモっていく。キーワード(テーマ)、人名(著者名)がメイン。
かつてはモレスキンのノートにネタをしたためていたが、最近はGoogle keepを活用している。
「ネタ帳にネタを書く」というのは、アイデアを熟成させるのに重要だ。
というのも、「ネタ帳に書いたネタ」は脳にかすかに刻まれるので、ネタ帳に書いたがために脳の焦点化が起こり、道を歩いていてそれに関わる広告を発見したり、なにげなく読んでいた新聞で「あ、この記事、あの企画に使えるかもしれない」と気づいたり、同僚とお酒を飲んでいるときに「それ、いただき」というナイスなアイデアを頂戴したり、いろいろと有機的にネタが日常で動き始める。
なにより、アイデアが蓄積していくので、「ネタがない」と困ることがなくなる。
蓄積したネタを精査する
ネタは溜まった。さあ、どうする。
蓄積したアイデアのなかから、成功確率の高そうなテーマ順に、企画会議に提出する企画書に落とし込んでいく必要がある。
ここからは担当した『最高の結果を出すKPIマネジメント』(中尾隆一郎・著)を事例に説明していこう。
「KPIマネジメント」が書籍テーマとして「イケる!=売れる」と思ったのは、次の3つの理由からだった。
理由① 丸善丸の内本店で他社の既刊がずっと面展開されていた
理由② 競合書がすべて「コンサル目線」で内容も難しかった
理由③ Googleトレンドの検索結果
理由① 丸善丸の内本店で他社の既刊がずーーっと面展開されていた
私は定点観測のための書店として、都内の意識高い系ビジネスパーソンの王道的書店「丸善丸の内本店」を定期的に覗くようにしている。定点観測していると、たまに「おや?」という発見があるからだ。
書店の店頭では新刊のときこそ「面展開=表紙をオモテにして陳列」されるが、時間が経つほど「棚差し=棚に差されて背表紙しか見えない状態」になってしまう書籍がほとんどだ。ところが、いつ行っても1階の話題書の裏の棚にずっと面展開されている本があったことに気づいた。
それが2015年に日本能率協会から出版されている『KPIで必ず成果を出す目標達成の技術』だ。
東洋経済新報社のこれまたロングセラー『現役東大生が書いた 地頭を鍛えるフェルミ推定ノート』という本と並んで、固定位置に常に目立って置かれていた。
当時は2017年だから、2015年刊行の『KPIで必ず成果を出す目標達成の技術』は2年間も面陳列されてるわけだ。数週間で”返品上等”なこの世界ではすごいことだ。
「これは狙い目かも」と、ちょっと興奮しながら、ネタ帳にメモした記憶がある(当時はクオバディスの小さなメモ帳)。
幸いにして、競合書もそれほど多いジャンルではなかった。
理由② 競合書がすべて「コンサル目線」で内容も難しかった
さっそく競合書籍を調べ始めて、すぐにわかったことが一つあった。どの既刊書も著者がコンサルタントで、ごく普通の一般ビジネスマンの感覚だと内容が難しく感じられたのだ。
「現場目線で書ける著者さんに依頼すれば、これイケるかもしれない」と、またさらに興奮した。
理由③ Googleトレンドの検索結果
「KPI」「KPIマネジメント」といった特定のワードの場合、Googleトレンドで検索してみると、「世の中の人がどれだけそのワードで検索しているか」がざっくり相対的にわかる。
googleキーワードプランナーを使ったりした方がより正確なのだが、Googleトレンドでも十分にわかる。
企画した当時、社内では『PDCAノート』という書籍がよく売れていた。のちにシリーズ10万部突破となった。
ぶっちゃけ「PDCAみたいな地味なテーマでこんなに売れるんだ!」と正直びっくりしたので、Googleトレンドで過去5年間を対象に「PDCA」を検索してみた。
「おぉ、なるほど!」
Googleトレンドで普通のワードを検索すると、だいたいスコア20前後の位置でうねうね推移していて、突発的にバズったりして突然100になるものの、またすぐに低推移というパターンがほとんどだが、PDCAは上下にうねうねしながらも「スコア75前後」をつねにキープしていた。ある一定層のボリュームの人口がつねに「PDCA」とGoogleの検索窓に打ち込んでいるシーンが想像された。
そこれ「KPI」も調べてみた。
すると、PDCAとほぼ同じ動きしている。
「これ絶対にイケるんジャマイカ?」と、再びさらに興奮した。
著者候補を選ぶ
テーマは「KPIマネジメント」に決まった。
テーマ(仮タイトル)だけでは書籍企画書としては成立しない。つぎに、そのテーマを誰に書いてもらうか。著者候補を選ぶ必要がある。
この本の場合、著者の選定基準は明快だった。
◎KPIマネジメントの専門家
◎KPIマネジメントを実践する現場のプロ
この2点だ。
さて、誰か適任者はいないか。類書を調べたり、記事を調べたり、詳しそうな人にヒアリングしたり「著者探し」を始めた。
この本の企画書をまとめたのがちょうど2017年11月。その2ヵ月前の9月にNIKKEI STYLEに掲載されたこんな記事を発見した。
え、なにこの記事、めちゃくちゃわかりやすくて面白い。
書いていたのは中尾隆一郎さんという著者でした。
「何者なんだろう?」と中尾さんの経歴をググってみると・・・
①リクルートグループの営業畑で相当な実績を上げた人物
②もともと理系でリクルートテクノロジーズの代表も務めた
③ご自身でもKPIマネジメントをガンガンに実践
④KPIのリクルート社内講師として10年活動(!)
「KPIマネジメントの専門家」かつ「実践する現場のプロ」、しかも社内講師として10年間の実績があるのもすごい。リクルートグループはありとあらゆる業種を抱えた巨大企業だ。故にそれぞれのKPIマネジメントはまったく異なることが想像される。それを一手に指導していたというのだ。
著者候補の条件にこれ以上ふさわしい人はいない!
そして、最終的に企画書に落とし込む(以下が実際の企画書の一部)。
このあとの「企画趣旨」に上記の「この企画がイケる理由」を盛り込んだ。ここまで形になれば、ほぼ完成したようなもの。
ビジネス書の場合、「タイトル」「キャッチコピー」「著者名」がバシッと決まれば、あとはきわめてスムーズ。
以前勤めていた版元で「企画書の良し悪しは数秒で判断できる」と豪語していた編集長がいたが、コンセプトや狙いが明確であれば、判断は一瞬でつく。逆にいうと、それが曖昧な企画は読者にも伝わりにくい。
後日、幸いにして企画通過後、中尾さんと連絡を取ることができ、快諾をいただき、のちに出版されたのが『最高の結果を出すKPIマネジメント』だ。
「ネタ帳」に書き込んだネタから、実際の出版へと至るプロセスをざっと追った。
企画が通過してからも、これまた刊行に至るまでには山あり谷ありが常だが・・・詳しくはまた後日ということで。